Thornton Blue
基本情報
生年月日 |
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1902/01/31(Cape Girardeau, Missouri) |
命日 |
1968/04/??(Trenton, New Jersey) |
使用楽器 |
Clarinet, Alto Sax |
経歴
William Thornton Blueは、ジャズ草創期におけるクラリネットの名手として知られる。なお、録音においてはクラリネットとアルトサックスを持ち替えながら演奏している。
パートタイムの音楽教師を父親に持ったThornton Blueはセントルイスで育った。最初は地方のバンドで活動をし、Wilson Robinson's Bostoniansと共にツアーに出たこともあったようだ。
1924年にはCharlie Creathの楽団に参加し、録音も残している。1925年末にニューオリンズに渡り、Dewey Jacksonと共演。1926年にDewey Jacksonと共にセントルイスに戻ると、同年6月のDewey Jackson's Peacock Orchestraの録音にも参加する。
その後、ニューヨークに移り、Andrew Preer's Cotton Club Orchestraに加入する。1928年のNoble Sissleの渡欧に参加。1929年にニューヨークに戻るとMissouriansに加入し、このバンドでは録音も残している。なお、Barney BigardやBuster Baileyとのクラリネット対決など、Thornton Blueの技量を裏付ける逸話も残っているのも、この頃の話だ。(Thornton BlueはBarney BigardやBuster Baileyに次ぐ腕前という評判であった)
なお、MissouriansはニューヨークのCotton Clubに出演していた人気バンドで、後にCab Callowayのバッキング・バンドになった。Thornton BlueもCab Callowayの楽団の一員として、複数のレコーディングに参加している。
Thornton Blueの記録は1930年代後半に途切れ、それ以降は音楽活動をしていたという痕跡は残されていない。後年は健康は害したことで療養所で過ごしていたという。