Ann Cooper

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基本情報

生年月日
?(Indianapolis, Indiana)
命日
?(?)
使用楽器
Trumpet

経歴

Ann Cooperは、1930年代半ばから1940年代半ばに活動した女性ジャズ・トランペット奏者であり、資料上はAnn Cooper “Annarette”という名前でも言及されている。出生年・没年については信頼できる一次資料では特定できないが、出生地はインディアナ州インディアナポリスだったようだ。

主にニューオリンズやデトロイト、シカゴ、ニューヨークで活動したとされている。当時のジャズ界では女性の金管楽器奏者はかなり珍しく、当時の新聞には「唯一の女性奏者として男性ユニットに参加した」という記事も掲載されており、かなり例外的な位置付けだったことが分かる。

その経歴を紐解くと、Ann Cooperの名が初めてジャズ史に現れるのは1930年代半ばで、Lil Hardin ArmstrongHarlem Playgirlsで演奏していたという記録が残っている。その後、Papa Celestinに楽団への加入を誘われたことでニューオリンズに移動する。詳細な理由は明らかではないが、ニューオリンズでは(Papa Celestinではなく)Joe Robichauxに雇用され、Joe Robichaux’s Rhythm Boysに参加することとなる。

Joseph Robichauxの回想によると、「高音域に強い信頼できる奏者」「Louis Armstrong風のスタイル」「ジャムでもやれる」と評されており、その実力が確かなものだったことが分かる。のちにフィーチャー枠への移動を打診されることになるが、これをきっかけにAnn Cooperは楽団を離れることになる。Joseph Robichauxによると、その移動は「昇進」を意味するものであったが、Ann Cooperは、珍しい女性トランペット奏者を見世物にしようとしたものだと捉え、屈辱を感じたのである。

ニューオリンズを離れたAnn Cooperはデトロイトに向かい、その後シカゴに戻り、さらにニューヨークへと移った。

1938年頃にはRoseland Ballroomに出演しており、Claude Hopkinsとも共演している。1939年にはシカゴでのHarlem Hamfatsのレコーディングに参加し、これがAnn Cooperにとって唯一の録音となった。1940年頃にはSir Oliver Bibb’s Swing Orchestraに参加していたが、主要メンバーを引き抜いて自身の楽団を結成する、といったこともあったようだ。1942年にInternational Sweethearts of Rhythmに短期間在籍。1944年夏頃には、Darlings of Rhythmの一員として複数の州にまたがるツアーに参加し、ソリストとして活躍した。