Billy Taylor

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基本情報

生年月日
1906/04/03(Wahington, D.C.)
命日
1986/09/02(Fairfax, Virginia)
使用楽器
String Bass, Tuba

経歴

"Billy" William Taylorは、Duke Ellingtonの楽団でベースを弾いていたことで知られているが、そのキャリアの初期はチューバ奏者であった。(息子のBilly Taylor Jr.もベーシストで、息子と区別する為にBilly Taylor Sr.と表記されることもある)

Billy Taylorは、13歳の時にチューバを吹き始め、最初は地元のギグで演奏していたが、1924年にニューヨークに移り住んだ。1925年にはElmer Snowdenと演奏し、1926年にはWillie Gantと共演。1927年から1928年にかけてはArthur Gibbsと演奏。更には1927年から1929年にかけてはCharlie JohnsonParadise Orchestraで演奏していた。

1929年から1931年にかけては、McKinney's Cotton Pickersに参加し、多くのレコーディングに参加。これに並行し、1930年にはJelly Roll MortonRed Hot Peppers名義の録音にも参加している。その後、McKinney's Cotton Pickersを脱退し、1932年後半から1933年にかけてはCharlie Johnson's Paradise Orchestraに再加入。

1931年頃から弦ベースも並行して弾くようになり、1933年のBessie Smithの録音や1934年のBenny Mortonの楽団での録音には弦ベースで臨んでいる。1934年はFats WallerとのツアーやFletcher Hendersonとの共演があった。

1935年から1940年にかけては、Duke Ellingtonの楽団に参加する。加入した当初は、ベース奏者のWellman Braudがいた為、チューバを吹いていたが、直ぐにベースに転向している。(なお、Wellman Braudは1935年に退団する)その後、ベース奏者のHayes Alvisが加入した後も、Billy Taylorはベースを弾き続けた。この時期に吹き込まれた多くのDuke Ellingtonの録音に参加しただけでなく、Barney BigardRex StewartCootie Williams等、Duke Ellington楽団のメンバーがリーダー名義で行った小編成のコンボでの録音でもベースを弾いた。1939年にはRex StewartBarney Bigardと共に渡欧し、パリで行われたDjango Reinhardtとのセッションにも参加している。

1940年にDuke Ellingtonの下を離れると、Coleman Hawkinsのビックバンドに加入。1940年後半から1941年にかけてはHenry "Red" Allenのシクステットに参加。1942年にはJoe Sullivan、1942年から1943年にかけてはRaymond Scott、1944年はCootie Williams、1944年から1945年にかけてはBarney Bigard、1945年にはBenny MortonCozy Coleと共演。

その後もニューヨークに留まり、自由契約のミュージシャンとして働いていたが、1949年に故郷のワシントンD.C.に戻る。1960年代に、ワシントンD.C.にあるBlues Alley Clubで演奏していたという記録がある。